孤独を語る私

<孤独を感じたあの瞬間>

 何かにすがりたいけど、何物にもすがることができない瞬間、あなたは孤独を感じる。完全に自分一人の力で乗り越えなければならないとき、必ず孤独は付きまとう。そのため、独立した大人になるためには避けては通れない問題である。孤独に打ち勝つのは大人として成熟するうえでも重要である。

 大人になりきっていない人ならばどこらしらで感じたことがあるだろう。かくいう私もつい先ほど経験してきたばかりである。私は今日初めて車を操作した。走る前に教習所の先生がコースの特徴やハンドルの回し方や座席の調整の仕方を私に教えてくれた。しかし、それからは特に用がない限り私に反応してくれることはなかった。経験が浅くて不安になっている私は臆病になって動作の一挙手一挙動を確認しながら行おうとした。それゆえ、何の反応もなかったときには孤独感を味わった。このように「頼れるものがいなくなった時」、人は孤独を感じるのだろう。

 この孤独は大人になるためには抜き去らなければいけない問題である。しかし、そのためには孤独の実態について考察しなくてはならない。本記事では孤独の実態について考察したのちに、孤独はどのようにして解消しうるのかについて考えていきたいと思う。

<孤独とは何者なのかー孤独の源泉は不安感ー>

 孤独とは何者なのか。これは孤独を解消するうえで欠かせない問いである。この項では孤独の実態について考えていく。

 運転の例でも述べたように、孤独感は頼れるものがいなくなると生じる。しかし、本当にそうだろうか?頼れるものは何もなくても孤独感を生じない人もいるはずではなかろうか?例えばプロ野球の投手は打者に向かって投げるときは誰とも相談することはない。もちろん打者が打席に入るまではチームメイトやコーチと話すことはあるだろう。しかし、一回打者が打席に入ってしまえばキャッチャーのサイン以外は一切のコミュニケーションをとらない。不安だからどうしようとか、これを投げれば抑えられるのとかをつぶやく暇なんてない。このようにピッチャーのマウンドはまさに孤独である。その中でも一流の選手は結果を残している。彼らは思い切ってボールを投げる。何も迷いを感じさせるところはない。孤独で大変そうな様子は当然見られない。なぜだろうか?答えは明白である。彼らは確固たる自信を持っている。俺の球を抑えられるものなら抑えてみろ、というゆるぎない自信があるからこそ、マウンドという場所が持つ孤独感を抱くことなく思い切って投げることができる。このように、頼れるものがない状況でも自身さえ持つことができれば孤独感を抱くことはない。孤独は何物にも頼ることができないために生じる不安感から生まれるのである。

<孤独をなくすには?-まずは経験を積むことからー>

 以上のように、孤独は頼れるものが存在しないことで生まれる不安から生まれる。ならば孤独を解消する方法は明確である。不安を抱かなくなるくらいの自信をつければよいだけである。

 では、自信をつけるにはどうすればよいのだろうか。自信というものは自分自身をどれくらい信頼できるかということである。すなわち自分は自分自身に課したタスクをしっかり遂行できるんだ確信できるかどうかということである。とすれば、自信をつける方法は簡単である。一日、もしくは一週間でやるべきタスクを定め、予定した通りにしっかりと遂行することを繰り返すとよい。朝起きたら今日は夜に筋トレをするという予定を立てる。そして夜になったら予定通りに筋トレを行う。こんな単純な作業を繰り返すだけで、自分はタスクをしっかりこなせる信頼できる人であるという感想を抱くようになる。この状態になればちっとやそっとのことでは不安を抱くことはなくなるーすなわち孤独を抱くことーがなくなる。この瞬間になってようやく、私たちは精神的に離乳することができるのである。

<まとめー孤独との巣立ちー>

 孤独は不安によって生じる。したがって孤独を感じなくなるためには、タスクをしっかりとこなすという貯金を積み重ねることで自分への信用を高めるー自信をつけるーことが重要になる。一番最初に述べたように孤独を克服することは大人になるうえで不可欠である。とすると、大人になるには自信を持つことが必要になる。こう考えてみると、自分を律するという学校教育で都合よくつかわれていた言葉が、実は本当に大人になるうえで必要なことであることがわかる。自分を律し、孤独を克服することこそ、大人の第一条件である。